目次

[1]難しいというよりも、楽しかったキャッチャー
[2]次世代のNO.1捕手候補の技術論


 「入ってきたときから野球脳、野球観は良かったので心配はないですね」(若林弘泰監督)

 「あいつがいなければ秋の優勝はなかったかもしれません。世代NO.1かなと感じます」(本田 峻也

 指揮官・若林監督、そしてエース・本田からも絶賛のコメントが届く選手が今回の紹介したい福原 聖矢の評価だ。身長167センチ小柄だが、グラウンドに立てば秋季大会8試合で13盗塁を記録した走力に加えて、最速1.8秒をマークする二塁送球を披露する。

 春からは新2年生。まだまだ成長に期待せざるを得ない逸材の道のりを今回は迫っていきたい。

難しいというよりも、楽しかったキャッチャー


 沖縄で生まれた福原は、兄と姉の影響で7歳から野球を始めた。県内でも有数の強豪・世名城ジャイアンツに入り、最初はショートして野球人生が始まった。ただ小学5年生になると、キャッチャーも任されるようになったそうだが、キャッチャーというポジションをどう感じていたのか。
 「難しいという感じよりも、楽しかったという印象の方が強いです。盗塁を刺したり、自分の配球でバッターを困惑させたり、打ち取れた時は『やったな』と思っていたので」

 キャッチャーと内野手をともにこなしながら世名城ジャイアンツで腕を磨き続けると、6年生の時にマクドナルド・トーナメントに出場した際に、U12の監督だった仁志敏久氏の目に留まり、U12のセレクションに参加。その選考を潜り抜けて、U12代表に選出されることとなった。

 「貴重な経験をさせてもらったと思います。今まで経験したことのない観客数の中で試合が出来たので。けどその中で自分のプレーを発揮できたことで自信を持てるようになりました」

 それからは「兄がやっていましたし、硬式の方が楽しいと聞いていました」ということで、硬式のクラブチーム・安仁屋ヤングスピリッツへの入団を決意。高校野球も見据えながら硬式野球の世界へ飛び込んだ。ただ硬式に変わったことに、福原は壁を感じながら練習を送ることとなった。

 「ボールの伸びが全然違うので、バッティングでは空振りが増えました。スイングスピードも当時速くなかったので、タイミングを早く取るようにして打つように練習を重ねて段々打てるようになってきました」

 キャッチャーとしてもマスクを被っている際に、「相手の良い打者から勉強をさせてもらいました」と間近で雰囲気を感じ取れるからこそ学べることを吸収して、着実にステップアップした。

 すると福原は2年生と3年生の時にはU15に選出。特に2年生の時は、福原だけが2年生という異例の抜擢に加えて、ワールドカップでベストナイン受賞。指導者からも称賛の声が上がるなど、同世代でもトッププレーヤーとして全国区に成長した。

 「1回選ばれることも難しいU15に2度も選ばれたことは、自分の中ではかなり自信になりました。他の人ではなかなか経験できないことなのですし、2年生の時は先輩たちのプレーから刺激を受けましたし、中学時代は本当に充実していました」

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