目次

[1]世にも珍しい両投げのスラッガー
[2]小学校5年時に怪我をきっかけに両投げとなる

 智辯和歌山の4番打者として、甲子園優勝に大きく貢献した徳丸 天晴選手。実は弟も中学野球屈指の強打者だった。

 名前は快晴(かいせい)。179センチ・79キロの体格から中学通算30本塁打を記録し、最上級生となった今年は春夏連続で全国大会に出場。兄にも負けない強打で、主砲としてチームを牽引した。
 だがそんな徳丸快晴選手の見どころは他にもある。


世にも珍しい両投げのスラッガー


 3歳年上の兄と一緒に、5歳頃から野球に慣れ親しんだ徳丸快晴選手。小学校3年生まではソフトボールチームに所属し、その後大阪柴島ボーイズ小学部に入団。当時から頭一つ抜けた打撃力を持っていたといい、中学校1年時にはカル・リプケン12歳以下世界少年野球大会日本代表に選出される。世界トップレベルの野球を経験した。

「チームメイトも敵もみんなレベルが高く、ハイレベルな大会でした。でもその舞台を経験したことで、それからは緊張しなくなったと感じます」

 世界少年野球大会から戻った後も、右肩上がりに成長を続け、大阪柴島ボーイズの主砲として活躍。現時点で中学通算30本塁打を放っており、試合では御坊市民球場のスコアボード横を越えていく、推定140メートルの場外本塁打を放ったことも。飛距離と対応力を兼ね備えた打撃が一番の魅力だ。

「重心を下にどっしり構えるようにしてから、下半身が使えるようになり打球の飛距離が伸びたように感じます。バットはあまり下から出すぎないようにして、グリップから出すイメージを持っています」

 中学野球屈指の打撃力を持つ一方で、普通の選手にはない特異な能力を持つ点も見逃せない。
 内野の守備につく際は右投げの徳丸選手だが、マウンドに登ると何と左投げ。実は徳丸選手、世にも珍しい両投げの選手で、守るポジションによって利き手を変えているのだ。
 主に強い球を投げることができるのは左で、投手の他にも外野を守る際も左利き。かといって右投げで球の威力が極端に落ちることもなく、違和感なく器用に内野の守備もこなす。

 一体、どんな経緯で両投げとなったのか。
 本人に尋ねるが、「実はあまり覚えてなくて。小学校の時に右肘を怪我して、そこから左を練習したのは覚えているんですが」と記憶が曖昧な様子。

 すると、練習にきていた両親が経緯を明かしてくれた。

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